2006-09-21
某氏の日記に「茶をしばく」という表現について書かれていたのが気になっていたので、ちょっと図書館で辞書を引いてみた(*1)。武蔵野市立図書館なので、上方の方言俗語の辞書類の所蔵はたかが知れているけど、近所で一番参考図書類が充実しているので。
「しばく」という言葉は、「鞭や細い棒などで強くたたく」という意味 (小学館日本国語大辞典: 以下日国) では特に一部の地域だけで使われているわけではない。西日本が中心に使われているけど、北は山形から西は九州の方まで使われている。方言周圏論的。ちなみに語源は「撓る」(しわる)、つまり「力が加わったり重さがかかったりなどして、弾力のあるものが折れないで曲がる。しなう。たわむ」ということ (日国)。
さてこれが「茶をしばく」という風に使われる理由。こういうのは俗語辞典を探す。米川明憲編『日本俗語大辞典』(東京堂出版, 2003) に載っていた。曰く「食べる。飲む。もと大阪の河内・泉州の方言。関西のお笑いタレントが全国に広めた」だとか。これが現代用語の基礎知識1990年版を引いているので、おそらく1989年頃の話になるのだろう。 武蔵野市立中央図書館に1990年版が所蔵されていなかったので、原典には当たれていない。
1989年頃といえば、僕は高校生だった。僕は大阪の高校に入るまで泉州の方の人と付き合ったことがなかったけど、泉州から来ている人の中には、確かに「茶ァしばこか」などと言う人もいたかもしれない。しかしそれが、本来の泉州弁だったのか、「関西のお笑いタレントが全国に広めた」から使うようになったのかどうかは、時期が丁度重なっているので不明。
ここで、方言辞典も調べることになる。『現代日本語方言大辞典』(明治書院, 1994) には、泉州岸和田の方言も収録されている。しかし、少なくとも「食べる・飲む」という意味での「しばく」は載っていない。「食う」には「クー」「トリコム」「タベル」「クラウ」「カブル」が、「飲む」には「ノム」「スー」だけが載っている。強いて挙げれば「晩御飯を食べる」という意味の「シマウ」という言葉が載っている。載っていた用例では「ソロソロ シマオ」(そろそろ夕食を食べよう) というのがあった。しかしこれを「しばく」に繋げるのは、素人目には強引に思える。この他の大阪の方言辞典にも上方言葉の辞典にも、そういう「食べる・飲む」という意味での「しばく」は載っていない。
これから推理される可能性は二通り。第一は、泉州方言が標準的な大阪弁でないため、文字として残されていない可能性。僕のよく知る、戦前には船場唐物町の呉服問屋のお嬢だった生粋の大阪人によれば、河内や泉州の言葉は汚すぎて大阪弁とは認められへん、らしいので、大阪方言辞典を編纂する人が泉州の言葉を入れていないという可能性もある。特に「殴る」という別に意味が既にある言葉に、泉州ならではの意味合いを加えては書かないかもしれない、ということ。
第二は、上に挙げた俗語辞典が間違っている可能性。件のお笑いタレントが誰かは知らないが、「大阪の南の方ではこう言うねんで」と芸の一部として言ったに過ぎないものが、「もと大阪の河内・泉州の方言」と逆に辞書に取り入れられてしまったということ。これは、泉州に昔から住んでる人に聞いてみないと分からないな。
いづれにせよ、大阪の外で「茶をしばく」という表現を使うのは、1989年頃の大阪出身の芸人さんの影響によるものであろう、というのは、そんなに外してはいないと思う。
(*1) ちょっと前にMixiの日記に書いたのだけど、その後ちょっと情報を足して、ここに書いておく。
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